子どもに自由を与えれば、主体性は育つのか
- 5月5日
- 読了時間: 2分
更新日:6月11日

「子どもの主体性を育てるためには、自己決定が大事」という言葉を聞いて、
「自己調整や長期的な視点が未熟な子どもは、カロリーが低くドーパミン性の高いものを選び続けるのではないか」
という問いが生まれました。
「自分で選ぶ」ことと「主体的に選ぶ」ことは、同じことなのか。子どもに自由を与えれば、主体性は育つのか。
気になったので、少し調べながら考えてみました。
まず「主体性」って何なのか調べてみた
教育業界で使われる「主体性」を調べると、単に「やる気がある」「手を挙げられる」という意味だけではないことが分かってきます。
文部科学省は学習指導要領の中で「主体的な学び」を、
と定義しています。
ここまで読んで、なるほどと思いました。でも同時に、別の疑問が浮かんできました。
じゃあ、自由を与えれば育つのか?
「主体性を尊重する」という文脈で、「子どもに選ばせる」「好きなことをやらせる」という実践をよく見かけます。
しかし、子どもに「ゲームと勉強、どちらがやりたい?」と聞いたとします。多くの場合、ゲームが選ばれます。
これは、意志が弱いからとかではなく、ゲームは始めるハードルが低く、すぐに報酬があり、失敗してもやり直せて、成長が目に見えやすい設計になっているからだと思います。
一方で勉強は、始めるまでが重く、成果が遅れてきて、何のためにやるかが見えにくいことが多いですよね。
つまり子どもは、「本当にやりたいから」選んでいるというより、「報酬設計の強いものに選ばされている」状態に近いといえそうですね。
「自由に選ばせること」と「主体的に選ぶこと」は、本当に同じことなのでしょうか。
主体性にはメタ認知が必要らしい
調べていくうちに、「主体性」と「メタ認知」が深く結びついていることが見えてきました。





